2019年11月、日本選手権を闘い終えた髙梨圭祐選手は世界選手権80㎏級に出場するためUAEに向かった。結果は予選敗退。現地で直面した、いかんともしがたい現実。その経験がもたらしたものとは?
取材・文:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩
――2019年の日本選手権後、同年11月には世界選手権80㎏級に出場されました。
髙梨 私としてはすごく“打ちのめされた感”が強い結果になりました。これはこれまでボディビルをやってきた中で、一番ショッキングな経験でした。どうにもならない現実に直面しました。
――お察しします。他の選手たちが武装している中、ひとり丸腰で突っ込むような感じ?
髙梨 まさにそのような感覚です。周りの選手たちが2階級ほど上に感じられ、私だけが違う階級にきてしまったような、それほどの差を感じました。完全に次元が違い、もう何もしないで負けてしまったという印象です。ただ、時間が経って改めて振り返ってみると、もう1回挑戦したいという気持ちが芽生えてきました。上位に入った選手たちの写真を見ると、ポイントになる部位は三角筋、背中、腕、これらの厚みです。そして、ミッドセクションは良くて当たり前。
――世界選手権以降は、それらの改善に取り組んだのですね。
髙梨 原点に帰る必要性を感じ、基本的な種目に立ち戻るようにしました。例えば肩の場合はバックプレスやフロントプレス、背中だったらロープーリーロウやデッドリフト。これまで基本種目を疎かにしていたわけではないのですが、オーソドックスなマス系種目(多関節種目)をしっかりやり込むことが、一つひとつの筋肉の厚みにつながっていくと思います。
――ブログを拝見すると、腕のトレーニングはメニューを「A」と「B」に分け、週2回やられていました。
髙梨 オフシーズンの間に2回やっていた時期があったんですが、減量に入ってからは1回に戻しました。体脂肪が減ってくると、肘の関節のクッションも少し減るんです。私はもともと左肘を痛めていることもあって、減量中に腕のトレーニングの頻度を上げるとそこが痛んでくるんです。
――腕に厚みをつけるために重視した種目は?
髙梨 やはり高重量のバーベルカール、ナローベンチプレス、ライイングトライセップスといった基本的な種目です。ただ、キャリアが長くなってくると使用重量が大幅に伸びるということはなかなかありません。そこはトレーニングのやり方を変えるなど、工夫が必要になります。例えば、上腕二頭筋だったら最も重量を扱えるバーベルカールを最初に持ってきて、そのあとダンベルカール、そして後半にマシン種目という流れになります。その順番をあえて変えて、最後に腕を張らした状態でバーベルカールをやってみると、重量はそれほど扱えませんが、最初にやるときとは感覚が違うんです。そうした試行錯誤はしています。
――腹筋周りに関してはいかがでしょう。
髙梨 ここでもベーシックな種目をしっかりとやり込むことが基本になります。シットアップ、レッグレイズ、ケーブルクランチ、アブベンチ、ケーブルのサイドクランチなどから、その都度2、3種目ほどピックアップしてやっています。また、私は元々ウエストが細いタイプではなく、そこは自分でも課題に感じていました。バーを背中に担いでのツイストなども取り入れるようにしました。オフの間、腹筋は週2回から3回はしっかりと時間を作ってやるようにしていました。腹筋はトレーニングとしては地味な部類に入りますが、オフの間にやり込むことで絞ったときの違いが出てくると思います。自分の中では腹筋周りは改善されたという実感があります。
――2020年は1試合もありませんでした。減量しなかった年は13年以来だそうですね。試合勘についてはどうですか。
髙梨 昨年は大会には出ていませんが、食事に関しては比較的クリーンなものを食べていました。これは年齢のせいなのか、脂っこいものを身体が受け付けなくなってきて、体重も84㎏くらいをずっと維持していました。コンテストコンディションから7、8㎏ほどの増量にとどまりました。調整は例年よりも早く5月から始めたのですが、思いのほか調子が良く、2年前よりも体重が落ちるペースは速いです。
――食事量を減らすなどは?
髙梨 むしろ、今はかなり増やしています。食事の量を増やしているのですが、絞れていっています。理想的な状態です。
――2019年の減量では後半に炭水化物としてサツマイモを食べて、調子が良かったとおっしゃっていました。
髙梨 サツマイモは今年はほとんど食べていません。ずっと白米です。白米を食べながらも、体重は順調に減っていっています。
――それは身体の何が変わったからでしょうか?
髙梨 身体のバランスが良い方向に変わってきたのかもしれません。私は定期的に身体の写真を撮っているのですが、2年前の大会前の写真を改めて見返してみたら、身体がすごくゆがんでいるんです。肩の高さの左右差もありました。ゆがんだ状態だと身体の機能がしっかりとは働かないのかもしれません。今はそこまで左右差がないんです。バランスが是正されたのかもしれません。
――意識的にバランスを整えようとした?
髙梨 トレーニングの前に体幹を使う準備運動などをするのですが、そういったことを積み重ねていく中で、結果として是正されていたのかもしれません。19年の減量ではかなり炭水化物の量を削ったんですが、今年は白米をしっかりと食べて、有酸素運動もやっていません。7月に実験的に1週間に4回ほど有酸素をやった時期があったんですが、それと並行して白米の量も少し減らしたんです。すると確かに体重が減って絞れてはくるのですが、同時に筋肉も萎んでしまいました。私の場合、有酸素をやらずに絞るのが理想です。今回はそれができています。しっかりカロリーを摂りながらトレーニングができているので、すごく調子がいいです。
――世界選手権に出た翌年の1年間が結果的にオフになったことが良かったように感じます。
髙梨 そう捉えています。久々に大会に出ない年というものを経験して、私としてはいろんな意味で良かったです。また、今年は相澤隼人選手の調子が良く、すごくバルクアップもできています。そうした様子を見るとすごくドキドキして、緊張することもあります。そういったことを含め、自分が良い状態を作り上げてステージに立ったら、どのように見え、どのように評価されるのか。そういうワクワク感があります。今は大会がすごく楽しみです。