その競技の頂点を射止めた王者たちも、かつてはみんな初心者だった。トライ&エラーを繰り返し、階段を昇っていったレジェンドたち。その過程で経験したしくじりには、未来の優勝につながるヒントが隠されていたはず。世界王者・鈴木雅選手に自分を育てた失敗を語ってもらった。
取材・文:藤本かずまさ
指導者としての立場から感じるアドバイス情報がたくさんあっても、それを選ぶのは結局は自分
― 指導者としての立場から、最近のトレーニーを見て感じることはありますか。
鈴木 動画で見た種目をそのままやっているような人が増えたように思えます。リアのフェイスプルなどがそうですね。種目として見た目はかっこいいのですが、強度が弱いと思います。ハーフデッドリフトも、なぜハーフでやるのか、その理由を理解して行っている人は少ないのではないでしょうか。もちろん、ただウエイトを上げるだけでもいいです。スクワットなどはある程度基礎が分かっていれば、考えすぎず、やりやすいよう
にやったほうがいいです。
― 今はスマホでもトレーニング動画を見ることができます。
鈴木 そのためか、奇抜な種目をやりたがる傾向が見られます。ケーブルクロスオーバーが、その代表的な例だと思います。7割くらいの方が効いていないフォームでやられています。やり方次第では胸に入るのですが、間違っている人のほうが多いのが現状です。
― どのような間違いが多いのでしょうか。
鈴木 腕で動かしてしまっている、胸の筋肉を動かせていない、やたらと重たい重量でやっている、などですね。
― 目新しい種目に飛びつく人は多いかもしれません。
鈴木 トレーニングはベーシックなものをやったほうがいいと思います。ベーシックなものを少しずつ伸ばしていくことが大切です。
― 固定概念に縛られてしまっているような例もありますでしょうか。
鈴木 よくあるのは、「シュラッグでは顎を引く」「ロウイングはワイドグリップでやると広がりがつく」「ナロウグリップでやると厚みがつく」、などです。昔から伝えられていることですが、そこに理屈はないと思うんです。ワイドグリップでやると大円筋や広背筋にストレッチがかからないので広がりはつかないんです。クローズドグリップのケーブルロウイングも、幅が狭すぎると肩を後ろに引けません。顎を引くシュラッグ
も、どちらかと言えばインナーマッスルを使います。僧帽筋はそこまで稼働しません。
― 巷にはいろんな情報があふれています。
鈴木 裏付けのないものに走るのは、あまりよくありません。例えば、他人に勧められたから、とか。減量に関してもそうです。今は炭水化物はとらないほうがいいという風潮があります。「炭水化物をとったら太りますよね?」と聞かれることもあります。「私は1日の摂取カロリーの6割は炭水化物です」と答えると驚かれます。
― 「簡単に儲かる話があります」と言われたら疑う人が多いのですが、「簡単に体が変わります」と言われても疑わない人が多いです。トレーニングに関しては、自分にとって都合のいいものを信じたがる傾向があります。
鈴木 基本的に、人間は楽をしたいんです。トレーニングをしていない方からよく言われるのは「そんなにつらいことをやってどうするの?」と。私はつらいことをやっているとか、努力をしているとか、がんばっているとか、そういったことを思ったことはありません。がんばっていると思った時点で、ダメだと思います。
― 結論としては、こつこつとやり続けるしかありません。