昨年決死の覚悟でRIZIN王座決定戦に臨んだ扇久保だが朝倉海にTKO負け。しかし引退も危惧されるこの敗戦から3ヵ月で立ち上がり復活を果たした。「死にました」とも言うほどの経験をいかに乗り越えたのか。挫折と困難を克服する方法を扇久保に聞く。
取材・文:長谷川亮 撮影:木川将史
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扇久保が敬愛する吉田拓郎の『唇をかみしめて』には〝この身をかけても すべてを捨てても〟という一節がある。まさにそんな覚悟で昨年のRIZINバンタム級王座決定戦に挑んだ扇久保だが、朝倉海に1RTKOで敗れた。
「いや、もうあの時は死にました。1回目の堀口戦、TUFの決勝でも〝やっちまった〟と思って死にましたけど、あの時も死にました。マジでキツかったです。顔中に何かできものができて夜も寝れなかったし、周りの期待も大きかったから周囲からも結構言われて、そういうのに対して『すいません』って言うのも辛かったし、何より自分自身に失望しました。〝もうダメなのかな〟とか〝またこのプレッシャーを乗り越えられるかな〟とかいろいろ考えて、寝れないし本当に辛かったです」
致命的とも言える敗戦と大きな落胆。引退もありえるかと思われたが、扇久保は思ったより早く11月の瀧澤謙太戦で復帰を決める。だが――
「かなりいろいろ揺れてました。自分の中でまた本当にやる気が出るまで少し休もうって思っていたんです。でも、そんな中でオファーが来たので、かなり迷いはありました」
敗戦のショックは癒えておらず、一時は欠場に気持ちが傾いた。
「一度鶴屋(浩)さんに『今回は無理です』って言ったんですけど、でも『とりあえずやれ』って言われて。本当は『分かった、もう少し休め』って言ってくれるかと思ったんですけどそんなことなくて、でもそこで〝やるか〟っていう感じで腹を決めてからまた気持ちが戻ってきました。だからいま思えば鶴屋さんのおかげだなって思います。あそこで休んでいいよっていう風になったら〝こいつは辞めるんじゃないか〟って思ったのかもしれないです」
――一種の賭けでかなりの荒療治ではあったが、鶴屋・扇久保の師弟はこの勝負に勝つ。
「〝こんな状態で戦えるのかな〟って思いましたけど〝ここで負けたら引退だな〟とも思って、この試合で戦えなかったら、自分が出なかったら本当に辞めようと思っていました。怖かったです」
試合はしかし扇久保がラウンドの進行とともにプレッシャーを掛けていき、3Rにハイキックでのダウンとテイクダウンを奪い判定勝ち。復活を果たした。
「3Rでやっといつもの自分が出たというか。打撃行ってタックル行って倒して、バックを取ってっていうのができたので、〝まだ大丈夫なんだな〟って思うことができました。〝まだ戦えるんだな〟っていう感じです。最近は本当に打撃・打撃みたいになって、タックルに行けない感じだったので〝なんで行けないのかな?〟って、自分でもどうしてか分からないで戦っていたんです。それが3R目にああいう形でいつもの自分が出たので、〝大丈夫なんだな〟って確認できた感じでした」
打撃一辺倒ではなく打投極が自然に回るのが扇久保の戦いであり、そのスタイルが最終盤で見られた。
「あの試合のおかげで本当にすっきりしました。やってよかったです。ハイキックでのダウンとかテイクダウンがよかったんじゃなくて、最後テイクダウンをした後バックを逃げられて、瀧澤選手にしがみついて立たせないようにしていたんです。あれが出た自分がいたからよかった。昔からもう〝しがみついてでも勝ちたい〟と思っていて、お客さんはつまらないと思ったかもしれないですけど、もう〝絶対に勝ちたい〟っていう自分が出たんで、そこがすごいよかったと思いました」
タックルに行けない自分についても、その原因を見出した。
「なんかいろいろ考え過ぎてたなって。練習はたくさん考えてやっても、試合は〝無〟で戦わなきゃいけないのに、試合の時もなんかいろいろ考えていた自分がいて、それは余計なものだって気づくことができました。もう自分の体に任せてじゃないですけど、それで戦うのが自然なんだなっていうことに気がつきました」