「拳が粉々になってもいい」 9月のバンタム級GP2回戦では初回に右拳を負傷したが、覚悟を決めてフルラウンドを戦い抜き、難敵アラン“ヒロ”ヤマニハを振り切った。残すは大晦日の準決勝、そして決勝。怪我と引き換えに得たものとは? 当たり前のように「優勝」を口にする理由とは?ありありと描く“その先の未来”とは?(Fight&Life Vol.87より)
取材・文_藤村幸代 撮影_ AP,inc.
──9月のトーナメント2回戦ではボンサイ柔術、第三の刺客、アラン・ヒロ・ヤマニハ選手に判定勝利を収めました。そういえば、自身のYouTubeチャンネルでヤマニハ選手に寝起きドッキリを仕掛けられていましたね。
海 ベッドにヤマニハ選手が潜り込んできて、バックチョークを仕掛けられるという(笑)。あれはマジでビックリしました。ヤマニハ選手に関しては、試合前にいろんな人から「いい人だ」と聞いていて。試合になったら正直、そんなことは全く関係なくなりますけど、でも本当にいい人なんだろうなと試合前から思っていたんです。実際、YouTubeで絡んで話してみたりすると、仲間思いや家族思いということを含めて愛情深い人だなと思いました。ボンサイ柔術の人はみんなそんな感じがしますよね。
──まずは、そのヤマニハ選手との5分3Rを振り返っていただきたいのですが、試合後に「パワーがあった」と発言していますね。
海 テイクダウン能力が高いかと言われたらそこまでではないですけど、組んでリフトする力はすごく感じました。試合で初めて持ち上げられたし、きっと背筋力がすごいんじゃないですかね。握力にしても、クラッチがけっこう硬かったです。柔術をやっている人は道着をつかむ際にかなり握力を使うと思うので、握力やクラッチしてリフトする力は今までで一番強かったと思います。
──それは試合開始後、早い段階で読み取れたのですか。
海 最初にタックルに来たときに「おお、まあまあ強いな」とは思いました。でも、僕もフィジカルトレーニングを強化してきて、重量にしても重い物をあげるようになったので、パワーがついているなという実感がありました。事実、ヤマニハ選手に負けないくらいの組み力が自分にもついていたので、そこまで脅威には感じなかったですね。
──ただ、1Rに右拳負傷のアクシデントに見舞われました。のちに、親指の付け根の骨折が判明するわけですが。
海 1R後半からすごく痛みを感じて、インターバルのときには確実にヤバいなと。でも、先のことは考えなかったですね。とりあえず、この試合に絶対に勝たないといけないなという気持ちだけがあったので、極力、右を打たずに組み立てよう、その上で、チャンスがあれば右で打ってもいい、拳が壊れてもいいやと思って戦っていました。
──大晦日の準決勝、決勝に向けて温存しておこう、ではなく?
海 この試合に負けたら大晦日の準決勝にも進めないので、どういう状況でも、たとえ骨が粉々になったとしても、絶対に勝とうと。そのためにどう戦うかを考えて、左での攻撃を増やしたり、距離を少し遠くしたり、蹴りを使ったりというようにシフトしました。
──1Rのインターバルで、兄の未来選手らセコンド陣からのアドバイスもありましたか。
海 いや、セコンドには怪我のことは言わなかったですね。今になって考えたら、言ってもよかったのかなとは思うけど、あのときは、誰かに言ってしまうと拳が折れていることが保険になって「折れているから仕方ない」と思ってしまう気がして。口に出したら自分のなかで弱気になるなという感覚があって、それで言わないでおこうと思いました。
──未来選手らも右手の異変には気づいていたのでしょうか。
海 試合が終わった瞬間に「拳が折れている」と言いましたけど、「やっぱり」という反応はなくて、「すぐ病院に行ったほうがいいよ」という感じでしたね。
──さまざまな試合プランを立てていたでしょうけれど、右拳が使えないというのはさすがにプランにはなかったでしょうね。
海 だから、改めて想定しておくべきだなと思いましたね。すべての個所について考えるのは難しいですけど、今回に限らず骨折や負傷の可能性は少なくないので、手が使えなければグラウンドに行くとか大雑把には決めておこうと。自分の引き出しが多ければ、その場で対応できると思うんですよね。今回は、相手が寝技の得意な選手だったので、あえてそこで勝負に行かなくてもいいかなという考えが働いて、テイクダウンには行かなかったけど。今考えるとテイクダウンを取りに行ってもよかったかなとは思いますけどね。
──試合の動画は見直しましたか。
海 はい。反省点だらけでしたね。たとえば攻撃のバリエーションが単調になっていた。怪我をした焦りもあったと思うけど、倒そう、倒そうという気持ちが強すぎて、狙っていた攻撃ばかりしてしまい、逆に倒せなくなってしまった。蹴りで下を散らしてとか、ボディを効かせてとか、いろいろな種をまいてフィニッシュにつなげていくのが試合の組み立てだとしたら、途中を端折ってしまったというか。
──海選手としては18年大晦日のムン・ジェフン戦以来、8試合ぶりの判定決着となりました。ただ、右拳負傷のなかで、人生のすべてを懸けてこの試合にのぞんできたヤマニハ選手に勝利したという意味では合格点をつけられるのでは?
海 いや、僕のなかでは満足できない試合でしたね。絶対に倒せる相手だと思っていたので。自分のなかでは想定通りに出せたものもあるけど、できなかったことのほうが多かった。あとは、ヤマニハ選手が強かったです。ここで倒れると思っていたのに倒れない。タフネスさもすごかったし、ギリギリのところで外す技術もありました。
──それこそミリ単位の攻防があったのですね。
海 パンチや蹴りが当たっているのに、ほんのわずかズラしてくる。そういう紙一重の場面がいくつかありました。ボディも2回くらい確実に効かせたけど、普通の選手なら立てない場面でもしっかり立ってきた。気持ちの強さプラス、ディフェンスの技術も高かったです。あとは自分の問題で、効かせて、そこから冷静に叩き込めれば倒せたなという場面がありましたね。