先日、東京五輪の選考会を兼ねて行われた日本選手権・長距離の女子5000mでこの種目初優勝を飾り、東京五輪代表に内定した田中希実選手。女性のためのトレーニング応援マガジン「Woman'sSHAPE」では、そんな田中選手に「走る」ことのルーツとその意味をロングインタビュー。本日はインタビュー内容を少しだけご紹介します。
今夏、陸上女子1500mと3000mの2種目で立て続けに日本記録を更新した日本女子中長距離界のホープ。大幅な記録更新はもちろんだが、勝負どころで他の選手を一気に引き離す“爆走”は衝撃の一言だ。東京五輪代表候補としても大注目の彼女に、「走る」ことのルーツとその意味を聞いた。
取材・文_藤村幸代 取材・撮影_丸山剛史
──お母様は北海道マラソンを二度制した市民トップランナー。お父様も元中距離強豪選手という陸上一家に生まれ育ちました。やはり「走る」ことは身近なことでしたか?
「そうですね。幼い頃から母のマラソン練習で御岳山や高地合宿にもついていきましたし、父はランニングイベントの企画運営などもやっているので、給水などのお手伝いを通して市民ランナーの皆さんが走ることを楽しむ姿を目にしたり」
──普段の生活に走ること、走る楽しさが自然と溶け込んでいたのですね。子どものなかには「走りたくない!」という子も多いけれど。
「走ることが当たり前で、走るか、走らないかということさえ、とくに考えたこともないくらいです(笑)。幼い頃から色々な側面から陸上を見させてもらえたのは、陸上競技をやっている人たちの中でもけっこうまれな経験かなと思います。でも、当時はそれを自慢に思っている部分と、母だけが速いことをちょっと引け目に感じる部分もありました」
──田中選手も、チビッ子ランナーとして活躍されていたのでは?
「小学校のマラソン大会では勝負できていましたが、『お母さんが速いから(速いのも当然)』と言われて、でも兵庫県は陸上を小さいときから強化しているので、一歩学校の外に出たらまったく勝負にならないという。そのジレンマはあって、自分の居場所がよく分からないままいた感じです。その子ども時代の自信のなさを、今も引きずっているというか」
──日本の中長距離界を担うホープと言われる今の田中選手からは想像がつきません。
「でも、だからこそ『もっと速くなりたい』という気持ちは強いです。誰がどう見ても速いと言われるような選手になりたい。だから、自己ベストを常に更新したいという思いがあって、とにかく『行けるところまで速くなりたい!』という思いがずっと続いていますね」
──しんどいところから一気にギアチェンジして加速する。田中選手の走りからも「もっと速く!」という思いをひしひしと感じます。ジレンマから解放されて、自分の居場所を見つけたのはいつぐらいですか?
「小学校高学年から、やっと少しずつ全国レベルになってきて、中学に入学してから全国大会に出場できたり、2年生からは入賞したりとなってきて、やっとそこで誰が見ても速いと思えるようになってきたかなと。それはすごく自信になりました」
──中学3年生で全日本中学校選手権の1500mの全日本を制して以降、常に日本のトップ戦線で注目され続けてきました。挫折を経験したことはない?
「中学校、高校も折々で調子の浮き沈みや痛みが出たことなどもありましたが、なんとか波を乗り越えながら、上にはずっと上がり続けているという感じなので、そこまで落ち込んだことはないですね」
──では新型コロナ禍で大会の中止や練習がままならない日々が続いた今年は、陸上人生のなかでもかなり試練の年だったのでは?
「この春からはオリンピックを見据えて、世界と勝負することを意識した練習に切り替えていたんですが、練習でキツイことをしても発揮する場がないことはすごく苦しかったです。でも、だんだん厳しい練習がこなせるようになり、大会がなくても練習で発揮できることが楽しくなり出してからは、やっと自分らしさが戻って来たかなという感じです」
──今年7月には3000mで、8月には1500mで立て続けに日本記録を更新しました。飛躍の理由は?
「毎年1秒でもいいから自己ベストを更新したいと思ってやってきたことの結果というか。しんどい時期もありますが、どこかでそれを超えられる瞬間が来て、0.1秒でも削りたいと思っていたら、5秒、10秒と一気に更新している。自分でも〝え?〟ってビックリする感じが続いています」
──昨年の世界陸上では5000m決勝に進出。日本歴代2位の記録(当時)をマークしましたが、順位は14位でした。世界とのタイム差という壁はやはり大きいですか。
「そこの部分が大きいからこそ、『もっと上に行きたい、ほかの人たちよりもっと自分は速く走れるはずだし、勝負もできるはず』という思いがあります。先ほどはタイムが毎年、自分の想像以上に更新されると言いましたが、一方で『もっと速く走れるはず』と思う自分もいるんです。自信がない部分と自信がある部分が混在していて、その葛藤の結果、ある一線を超えたらタイムがすごく出るのかなと思っています」
たなか・のぞみ
1999年9月4日、兵庫県小野市出身。21歳。中学、高校とトラック、駅伝で活躍。大学進学後の2018年にU20世界選手権3000m優勝。20年7月には3000mで18年ぶりに日本記録更新(8分41秒35)、8月には1500mで14年ぶりに日本記録を更新した(4分5秒27)。豊田自動織機TC所属。同志社大学3年。153cm、41kg。趣味はミニチュア集め。影響を受けた本は『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる著)。
※※このインタビューの続きは最新号「Woman’sSHAPE Vol.21」でお楽しみください。