定期的にジムへ通い、計画的なトレーニングを継続して行うのが誰しもの理想ですが、現実は必ずしもそうはいかないもの。今回はそんな壁にぶつかりがちな日常生活でのトレーニング、さらに切っても切れない食事とサプリメントについて石井先生にお聞きしました。
取材・文_長谷川亮
▶まずは、『シェイプアップには糖質が絶対に欠かせない!(前編)[“筋肉博士”石井直方の筋トレ学]』よりご覧ください。(関連記事)
筋肉と糖の関係
森 今日たまたまこんな記事をみました。息子さんが糖質オフのダイエットで成功したのを目の当たりにした、70代の父親が同じく低糖質ダイエットに取り組んだ結果、ロコモティブシンドロームのような状態になってしまい、寝たきり間近までの状態になってしまったというものでした。糖質を減らすことで筋肉の合成に悪影響が生じる極端な事例だと思うのですが、このことから、筋肉と糖の関係について教えていただけますでしょうか。
石井 筋肉の成長・維持やトレーニングした時の反応には栄養摂取が大きく関わっています。最近はその仕組みまで分かってきました。たとえばタンパク質の中に含まれるBCAA、分岐鎖アミノ酸の中に含まれるロイシンが筋肉のタンパク質合成を高めるスイッチとして働くことが、かなりハッキリ分かってきています。つまりロイシンによって筋肉の合成のスイッチがオンになる訳ですが、逆に筋肉中のエネルギーの状態によってタンパク質の合成をオフにするスイッチがあるんです。このオフにするスイッチが何かと言うと、これはAMPKという酵素です。アデノシン一リン酸キナーゼという酵素で、筋肉の中のエネルギーが欠乏してくるとAMPという物質の濃度が上がってきます。そうしてAMPが上がってくるとAMPキナーゼという酵素が働き、タンパク質合成のスイッチをオフにします。筋肉の中のエネルギーの状態がよくない場合、今は筋肉を太くする時期ではないということで、合成をオフにしてしまう。エネルギー源もないのに筋肉を大きくしたらかえって逆効果になってしまうので、もし筋肉がエネルギー不足になると判断したら、今は合成したらダメっていう信号になる訳です。 そうするとタンパク質を摂ることも大事なんですけど、筋肉の中の細胞を「今エネルギーがちゃんとあります」という状態にキープしておかないと、筋肉が育たないっていうことになります。その「筋肉の中にエネルギーがありますよ」っていうことに強い影響を与えるのが糖質な訳です。糖質がしっかり供給されて、筋肉の中のグリコーゲンがちゃんと蓄えられてるっていう状況になると、筋肉の中のAMPの濃度は上がりません。それが筋肉の中のグリコーゲンが不足しているような状態だと、一生懸命トレーニングをしても筋肉を太くするスイッチがオフにされてしまう。トレーニングしても太くならないという状況になってしまうんです。ですから糖質の供給をすごく絞った状態で筋トレしてプロテインばかり飲んでいても、たぶん筋肉はついてきません。
筋肉合成のスイッチ
森 筋肉によるボデイメイキングのためには、糖質の摂取には注意を払わないといけないのですね。
石井 糖を摂り過ぎてしまうと、高血糖が長続きしてしまう欠点があるので摂り過ぎはいけないんですけど、カットし過ぎて筋肉の中までエネルギー不足にしてしまうと筋肉の合成のスイッチがオフになってしまいま
す。そういう意味でタンパク質はもちろん大事なのですけど、糖質によるエネルギーチャージというのも筋肉を維持する上では重要な要素であるという見方が必要です。
森 トレーニング後のタンパク質とかアミノ酸の摂取の重要性は周知されてきましたが、糖質の摂取の重要性の理解は一般的にはまだまだという気がします。
石井 若い人を対象に筋トレをして、アミノ酸をサプリメントで与えて筋トレの効果を見た実験などでも、単純にアミノ酸を与えるより糖質とアミノ酸、甘いジュースとアミノ酸を与えた方が効果としては大きいんです。糖質、しかもインスリンをポンと上げてくれるような、即効的な糖質ですね。インスリンそのものが筋肥大に作用しますので。糖質とアミノ酸を混合して摂った方がタンパク質合成の効果は大きいですね。むしろ運動後であれば積極的に糖質を摂った方がいいと思います。糖尿病関連ではインスリンは悪のホルモンっていう言い方をする人もいますが、それはちょっと言い過ぎで(苦笑)、基本的な考えとして体の中に備わってるものっていうのは適度に使ってあげていれば、必要なものだと思います。インスリンが膵臓から分泌されるのは体にとって必要だからそういうことが起きるので、インスリンを悪者扱いして、インスリンを分泌させないようにという生活をしていると、いざという時にインスリンが分泌できなくなるという可能性はあります。インスリンを分泌するっていう活動自体が退化してくる危険性はあると思います。ですから、そこそこ糖質を摂ってちゃんとインスリンが分泌されて、それに体がちゃんと反応して血糖を下げてくれるという営みを繰り返した方が生理学者としての立場としてはいいですね。
森 アジア人は欧米の人に比べ、インスリンの分泌が少なく糖尿病になりやすいということを聞いたことがありますが、例えばインスリンの分泌能力は加齢によって影響を受けるのでしょうか。
石井 はい、加齢とともに分泌能力そのものが落ちてきます。若い頃は筋トレした後でおにぎりを食べてもタンパク質の合成が上がるんですけど(笑)、高齢になってくるとトレーニング後の糖質補給だけではタンパク質の合成スイッチがオンにならない。それはインスリンの分泌が若い人に比べると下がってきているからだろうと考えられています。
糖質摂取の重要性
森 今日のお話を聞いてきて、日常はGI値が低い炭水化物をきちんと摂って、トレーニングの直後はGI値が高めのものを摂るということでいいのでしょうか。
石井 トレーニング直後はインスリンをサッと分泌してもらえるものの方が、筋肉を作るという観点ではグリセミック指数が高いものを摂取するのがいいと思います。
森 シェイプを意識している方は、どうしてもGI値が低いものっていうのをモットーにされていて……。
石井 そういう人はたぶん普段も甘いものを極力避けたり、いろんな我慢をしていると思うので、トレーニングした直後だけ、ご褒美に甘い物を食べましょう(笑)。そうすると運動した後にインスリンの恩恵を得て、筋肉にはよりよい影響がある可能性があります。
森 トレーニング直後とかに素早く糖質を摂り込みたいとしたら、脂質は一緒に入ってしまわない方がいいですね?
石井 トレーニング直後の脂質はあまり意味がないので、糖質とタンパク質の組み合わせがいいと思いますが、でもご褒美のつもりで好きなもの、ケーキとかを摂っても構わないと思います(笑)。
森 それは皆さんにとってだいぶ嬉しい情報ですね(笑)。
石井 直方(いしい なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学大学院教授、理学博士。
全日本ボディビル選手権優勝(81・83年)、アジアボディビル選手権優勝(82年)ほか、ボディビル競技での輝かしい実績を誇る。トレーニングをテーマに次々にベストセラーを世に送り出す“筋肉博士”。
森 弘子(もり ひろこ)
ソライナ株式会社にて、プロテインや健康食品の企画・開発を行う。ボディフィットネスでは東京大会4連覇、2016年には8年ぶりに大会に復帰し、関東オープン・フィットネスビキニ163cm超級で優勝を飾る。