近年スポーツ競技力向上を目的としたトレーニングにおいて、バックスクワットを推奨しない考え方が出てきました。その考えには経緯があります。井上先生にその経緯とスクワットを行う上でのメリット・デメリットを聞いてみました。
文:井上大輔 <NPO法人 日本ファンクショナルトレーニング協会>
スクワットを行うデメリットとメリットとは?
◆スクワットを行うことのデメリット
近年スポーツ競技力向上を目的としたトレーニングにおいて、バックスクワットを推奨しない考え方が出てきました。その考えには経緯があります。ひと昔前は、ほとんどのスポーツ競技力向上のトレーニングはアメリカンフットボールのトレーニングが基準で行われていました。いわゆる「bigger faster stronger(デカく、速く、強く)」です。
脊柱の老化を早めるスクワット
簡単に言うとスクワットで高重量を挙げることがよいとされていました。しかし、その代償として長年のリフティングの結果、脊柱の軟骨の消耗が早くなり、老化を早めてしまって30代に差し掛かると足を引きずり出す選手が出てきました。スポーツの技術でいうとまだまだ現役でいられるのに、脊柱の障害が原因で引退を余儀なくされるというケースが増えてきたのです。
スクワットはバーベルの負荷が脊柱に対して長軸状にかかるエクササイズです。問題はその負荷に対して、脊柱を伸ばす役割を行う筋肉がほとんど存在しないので、結果、高重量のスクワットを行うことで脊柱の老化を早めてしまいます。その解決法の一つとしては、脊柱に負担の少ないエクササイズを採用することです。例えば、バックスクワット(写真1―1)をフロントスクワット(写真1―2)に替えるだけで脊柱の負担は少し減ると言われています。また、片足で行うRFE=リアフットエレベイティッドスプリットスクワット(写真1―3)では脊柱の負担がかなり低くなるとも言われています。古くから提唱されている「バックスクワットで高重量を挙げることに対する美学」にかかわらず、片足のエクササイズでも筋力の強化ができれば、それでよいということです。結果を得るためにはプロセス(経緯)を選ばないといった合理的な考えと言えます。
もう一つの解決法は「腹腔内圧を高める」ということです。腹腔内圧を高めることで脊柱に伸長性の力(エロンゲーション)が加わるとも言われています。腹腔内圧を高めるには姿勢が大事な要素になってきます。簡単に言うと「横隔膜と骨盤底が平行」、もっと簡単に言うと「背骨を反りすぎない、丸めない、真っすぐに」ということです。よく見られるスクワットのフォームでは、背中が反りすぎている、逆に重さに負けて潰れてしまっているパターンが多く見られます。一度試して欲しいのは、(写真2―1)のように背中に棒を当てて自重でのスクワットを行うことです。この際にエクササイズ中、脊柱が棒から離れる場合、腹圧が高められていないことを疑いましょう。
両側性機能障害(Bilateral Deficit)
基本的に人間の動きは片側性の動きを行います。歩くときは片手、片足を交互に前に出しますし、ボールを投げるときやラケットでボールを打つときも片手で行います。両足でジャンプしながら前に進むよりも、足を交互に出して走った方がスピードを出すことができます。つまり人間の体は片手・片足の力が両手・両足で行うより強いということが言えます。両足で出力を発揮する力が、片足のそれぞれの発揮筋力の和よりも低いことをBilateral Deficitと言います。
簡単に言うと、スクワットのように両足でトレーニングを行うよりも片足でトレーニングを行う方が、スポーツパフォーマンス向上に適しているということです。また、上記のことから、スクワットを高重量で行うと体重は重くなってパワーは増加しますが、足が速くなったりするようなスポーツパフォーマンス向上には役に立たないのではないかという考えにも至ります。
スクワットを行うことのメリット
筋肥大に最大の効果あり!
スポーツ動作という観点から、スクワットを見ると、メリットは少ないように見えますが、ボディメイクという観点だと、スクワットを行うことには大きなメリットがあります。それは、ゆっくり動作を行って主動筋に刺激を得るためには、片足のエクササイズより、支持基底面の大きいスクワットの方が安定しているので、強い力を発揮することができます。これがスポーツと違うところです。
安定した状態でスピードをゆっくりコントロールしながら強い力を発揮することができるなら、それは筋肥大に非常に有効であると言えます。しかし、将来的に健康な脊柱を維持したいなら、脊柱に負担の少ないRFEやレッグプレスなども併用しながら、脊柱の軟骨を保存することを考えるとよいと思います。
スクワットに限らずどんなエクササイズや方法もメリットとデメリットがあります。スクワットは下半身の筋量をつけるには有効ですが、スポーツで活用しにくいというデメリットもあります。肝心なのは両者のバランスを考えながら併用することです。体重の重さが競技に役立つような場合やオフシーズンなどで体を大きくしないとならない場合は、スクワットをメインで行うとよいと思います。
また、体重制限があるため、体を大きくできないスポーツやオンシーズンで動きにキレを出したいという場合には、RFEなどの片足で行う種目を取り入れるとよいと思います。スクワットがよい、悪いと決めてしまうのは楽かもしれません。しかし、これは「2極の選択」と言って、物事がうまくいかない状態に陥る典型的なパターンです。「偏らずにバランスを取る」これが私からの全てのトレーニーやアスリート、指導者に対するメッセージです。
井上 大輔(いのうえ・だいすけ)
兵庫県神戸市出身。滋慶学園大阪ハイテクノロジー専門学校スポーツ科学科トレーニング理論実習講師/整体&パーソナルトレーニングジムを経営(兵庫県明石市)/ NSCACSCS/NPO 法人JFTA 理事長/17歳よりトレーニング開始。大学卒業後、スポーツクラブに就職、スポーツコンサルティング事業にかかわる。同時に操整体トレーナー学院学長松下邦義氏に師事、操整体について学ぶ。/2006年NBBF 全日本選手権 第6位。
NPO法人 日本ファンクショナルトレーニング協会 TEL:078-707-3111