絶対的女王として、7年に渡り日本のビキニフィットネス競技を牽引し続けている安井友梨選手。8月8日のジャパンオープンでは、新カテゴリー「フィットモデル」へのエントリーが話題を呼んだばかり。今回は、2年ぶりのオールジャパンに向けて昨年から続けてきた身体づくりについて伺うとともに、新たな挑戦の裏側にあった苦悩、葛藤、そして大きな覚悟について、たっぷりと語ってもらった。
取材・文:鈴木彩乃 撮影:AP,inc.、北岡一浩
2020は競技人生の転換期
──昨年はトレーニングを一新し、身体の基礎固めに集中したとのことでした。2年ぶりの開催となるオールジャパン選手権に向けては、どのようなことを課題として取り組んできたのでしょう。
身長に見合った十分な筋量をさらにつけることに重点を置いています。特に脚のふくらみ、殿部の丸みやボリュームは、高身長のカテゴリーで成績を残すためには圧倒的に足りていない部位です。下半身強化を目的に、スクワットを徹底的に強化してきました。
──以前「スクワットは週6」とおっしゃっていました。
どの部位の日にも必ずスクワットを入れています。これまでは大腿骨が長いから不向きだ、と苦手なスクワットを避けてきましたが、師事する武井(郁耶)コーチから「弱点にこそ最大の伸びしろがあり、克服することによって大きな進化の鍵をもたらす」と言われ、ああ本当にその通りだなと。
──苦手意識をどのようにして克服したのでしょうか。
カギは、ウエイトリフティングにありました。ウエイトリフティングの練習を通じて軸や床反力の使い方をマスターし、あらゆるバリエーションのスクワットを毎日行うようにしたら、結果的にスクワットが大好きになり、一番の得意種目に変わりました。特にハイバースクワットのしゃがみ込みとフロントスクワットの挙上重量アップにはこだわり、記録を更新できるよう毎回PR(個人最高記録)を目指すトレーニングをしてきました。
──そのココロは?
上体のボリュームを極端に大きくすることなく、ボトムのボリュームを上げるのにハイバースクワットが適しているからです。ただし、その際ウエストが太くならないように、美しいフォームがマストになります。
──ビキニ競技では、ウエストの細さはかなり重要です。
武井コーチの指導の下、さらにスクワットを極める過程で重心や踏み込みの感覚と筋肉の意識の協調が身につき、スクワット以外の種目にも活かせるようになったことも大きかったと思います。ハムストリングや大腿四頭筋など、何をしても難しかった部位にボリュームが出て、お尻や肩、背中、すべての種目で感覚も良くなり始め、さらに驚くことに今、ウエスト周りまでも過去最高に細くなっています。
──あらゆる進化を感じますね。
2020年は出場予定の大会がすべてキャンセルになったことで初めて徹底的に身体づくりに取り組むことができました。変化に戸惑いがなかったわけではありませんが、結果として一日も無駄にすることなく、ビキニ道を突き進むことができた。競技人生にとって、大きなターニングポイントになったと感じています。
徹底的な基礎固めの成果
実は、もうひとつ2020年の取り組みには大きなテーマがありました。それはトレーニングそのものを好きになり、トレーニングの楽しみを感じて「スポーツに没頭する」というものです。
──なぜ、そう思ったのですか?
キッカケは武井コーチの言葉です。「安井さんは、勝つためにトレーニングをしています。それでは身体はもう変わりません」と。そして「ウエイトリフティングにゼロから挑戦することで、トレーニングをする楽しさを自分の手で取り戻して下さい」とのことで、ウエイトリフティングの練習を始めたのです。
──ボディメイクの手段として、ではなく新たに取り組むスポーツとして始めた、と。
そうです。なので、運動そのものの根源的な技術習得、具体的には「走る」「跳ぶ」「漕ぐ」「しゃがむ」など運動の基礎中の基礎から始めて。合わせて、2020年はそれ以外の時間もマシンを極力使わずに、フリーウエイトを攻めることによってトレーニングの基礎を固めて身体の土台づくりに力を入れました。競技のことを思えば、遠回りに思えるかもしれません。でも〝自分と未来を変えるため〟には、もう「それしか道はない」と私自身も思ったからこそ、腹を括って取り組みました。
──自宅をジム化したエピソードからも、覚悟を感じられます。
武井コーチからジャンプ、プライオメトリックの自主練をするようにと言われたこともありますが、パワーラック、エレイコのリフティングセット、パワーマックス、ジャンプボックス、ベンチプレス台、グルートハムレイズ、バトルロープ、ダンベル、ケトルベルを、ソファーを壁にかけたりテーブルを撤去したりして「あとひとつ」「あともうひとつ」と揃えていたら……。気づいたときには足の踏み場がなくなるほど、家ジムが本格化していました(笑)。
──ボリュームアップはあくまで結果として、トレーニングにおける感覚も大きく変わったのでは?
今年の春、1年ぶりにマシントレーニングを再開したとき、前とは違う感覚でPRを連発するようになったんです。筋肉がついたというのもありますが、動きの感覚が全然違いましたね。以前は何をするにも腰を使っていたのが、脚で重心バランスと軸がとれるようになり、脚始動による切り返しである「レッグドライブ」がかけられるようになりました。
──レッグドライブ、下半身を原動力とする力のことですね。
レッグドライブを習得して以降、今度は格段にお尻の感覚が良くなったので、今は「ヒップドライブ」を徹底的に行うトレーニングで、お尻をさらに強化しています。取り組み方も受動から能動へと切り替えて、自らの意思でヒップドライブをかける練習を通しています。
7年目の覚悟、新たな挑戦
──2ヵ月後に迫った大会に向けて、心境はいかがでしょう。
ダイエット目的でビキニへの挑戦を決め、その後7年間チャンピオンとして充実した日々を過ごさせていただきました。しかし一方で、重責に押し潰されそうになり、苦しみ、悩み、数え切れないほど涙を流してきたことも事実です。「私は本当にチャンピオンにふさわしいのか」「どれだけの方がチャンピオンとして認めてくださるのか」「たくさんの応援をいただいているのに、世界で結果が残せない。もう〝世界一〟を口にしないほうがいいのでは?」と、自問自答を繰り返しています。
──王者は常に孤独、と言われます。安井さんも常にもがき苦しみながらも、昨日を上回るための努力を続けてきたのですね。
世界トップの選手と比べて、私には足りない部分が多くあるので、立ち止まって考える時間すら惜しく「人と同じことをしていたら人と同じ成長しかない」と言い聞かせてチャレンジをモットーに走り続けてきました。
──「常に挑戦者たれ」との想いが、フィットモデルとのダブルエントリーにつながった?
7年間ビキニ競技を続けるなかで、レベルアップにつながることはすべて、たとえ見切り発車でもジャンルを問わず挑戦してきましたが……。なかでもフィットモデルへの挑戦は、私にとって最も悩み、最も大きな決断と覚悟を必要とするものでした。
──かなりの葛藤があった、と。
ビキニアスリートとして世界一になるために何をすべきか。熟考を重ねた末「今まで培ってきたものをすべて捨てる」と決断しました。そのうえでビキニ世界一へのアプローチを変え、フィットモデル挑戦を皮切りに再スタートを切ったというところです。
──新カテゴリーへの挑戦もビキニ世界一への道ととらえている?
挑戦に至った理由は、大きく2つ。ひとつは世界の在り方が大きく変わり、普通にできていたことが普通にできなくなってしまった今だからこそ、あえて新たなステージに一歩踏み出したいと思ったから。そしてもうひとつは、ビキニ競技においてトレーニングによる身体の進化と比べて、ステージ上で求められる「身体以外の要素」に関して世界レベルへの引き上げがなかなか進まず、限界を感じ始めていたからです。
──「身体以外の要素」とはポージングを含む魅せ方、いわゆるステージングですね。
豊かな表現力を養うためには……と考えたとき、アーノルドヨーロッパ遠征の際に一瞬で心を奪われたフィットモデルの美しいステージを思い出したのです。そしてこのカテゴリーに挑戦することで、私が感じている閉塞感を打ち破ることができるのでは?と確信に近いひらめきを得ました。