昨年より日本でも本格的に開催されるようになった新カテゴリー「クラシックフィジーク」。その競技の象徴とも言える規定ポーズが「バキュームポーズ」である。しかしこのポーズ、コツを習得するのがなかなか難しい。ここでは国内屈指のバキュームの達人、須江正尋選手がその練習方法などを伝授!
取材:藤本かずまさ 撮影:北岡一浩
――昨年より日本でもクラシックフィジークが開催されるようになり、出場するには「バキューム」の習得が必須になりました。
須江 アーノルド・シュワルツェネッガー、フランク・ゼーン、ボイヤー・コーなど、昔の選手はよくやっていましたよね。
――ただ、近年はあまり見かけなくなりました。
須江 リッチ・ギャスパリの登場で流れが変わったように感じます。
――バキュームはマスターするのが難しい、という声を聞きます。
須江 おそらく「息を吐き切って胸郭を上げる」というのが難しいんだと思います。普通に息を吐けば、胸郭は下がります。「息を吐き切る」となると、胸をすぼめて、お腹を丸めるような状態になると思います。
――確かにそうなります。
須江 しかし、バキュームでは息を吐き切った上で、胸郭を上げなければいけません。「胸郭を上げる」というのは、「息を吐く」という自然な動作とは相反するものです。
――お話を聞いているだけで難しそうです。
須江 バキュームにはポイントが3つあります。それは「息を吐く」「胸郭を上げる」「腹直筋及び内・外腹斜筋の緊張を解く」。このポイントを意識しないと、バキュームはうまくいかないと思います。
――クランチの収縮ポジションで息を吐き切った状態とは、また違うのですよね。
須江 いえ、それでいいんです。(クランチの収縮時で)息を吐き切って、(次のレップを行うために)そこからまたお腹を伸ばしますよね。そこで普通は息を吸ってしまいます。そうではなくて、息を吐き切って、そのままお腹を伸ばしていくんです。
ただ、そのとき腹筋は緊張した状態にあるので、胸郭は上がりません。ですが、バキュームをやるとなると、息を吐き切った状態から腹筋の緊張を解いて、胸郭を上げていくことになります。(体内が)真空状態のような感じになり、それにより肺が上がって、その空いたスペースに内臓が押し上げられるというイメージです。だから、肺の中の空気を吐き切る必要がある。息を吐き切って肺を小さくして胸郭を上げたときに、肺が上のほうに持ち上がるので、そこの空いたスペースに内臓が吸い上げられるような感じですね。
――シリンダーか何かでキューッと内臓を吸い上げるような。
須江 イメージとしては、そうなると思います。お腹を上に伸ばすだけだったら、誰でもできるんです。そこからさらに(お腹を)内側にえぐり込ませていかなくてはいけません。ただ、「えぐり込ませるようにする筋肉」というのはないんです。だから、体内の圧力をコントロールして行います。
――大胸筋をピクピクさせるように意識し動かすものではない?
須江 そういうものではありません。お腹の内圧が低くなることで、(内側に)凹むんです。だから、これは筋肉を動かすのではなく、圧力の問題なんです。腹筋のトレーニングはみなさん行っているでしょうから、腹筋を緊張させることはできると思います。しかし、腹筋が緊張していたら(上には)伸ばせません。その緊張を一瞬にして解くのが難しいのかもしれませんね。
――須江選手はどのような練習をしてマスターしたのでしょう。
須江 練習はしたことがありません(苦笑)。小学生のころからバキュームはできていました。
――バキュームができる小学生、というのも何だかすごいです。
須江 昔、東京12チャンネル(現・テレビ東京)で「少年シンドバット」というアニメが放送されていたんです。その主人公が「マジックベルト」というベルトを締めていて、そのベルトをぐいっと締めると上半身が逆三角形に盛りあがって強くなる、という。それを見て、お腹を凹ませれば私もあのような身体になるのかな?と思ってマネをしていたんです。だから、それがいざボディビルをやるとなったときに、「こういうお腹を凹ませるポーズもあるんだ」と知って、やるようになりました。バキュームのためにお腹を凹ませる訓練をしたという経験はないんです。
――そうしたバキュームは、自転車の運転のように一度できるようになったら、そこからはずっとできるものなのですか。
須江 そうです。一度できるようになれば、その後もできます。ただ、最初は立った状態で行うのが難しいです。下方向に働く重力に抗って(内臓を)上に引き上げるわけですから。だから、練習方法としては、水圧や気圧などの外圧を利用するのがいいかもしれません。水圧を利用するのであれば、お風呂やプールに入ってお腹を凹ませれば、やりやすくはなると思います。陸上で行うのならば、仰向けに寝た状態で練習するのもいいと思います。
――ドローインとはまた違うものなのですね。
須江 バキュームは息を吐き切って、止めなければいけません。そこで吸ってしまうと、肺に空気が入ってバキュームはできません。ドローインやブレーシングなどでは、お腹を固めながらも胸式呼吸でしゃべることもできます。バキュームでは、しゃべることはできません。
――内臓肥大している人はさておいて、練習すれば誰でもできるようになるのでしょうか。
須江 できるようになると思います。ただ、練習方法が地味なので(苦笑)。みなさん忙しい中、お腹を凹ませる練習にあえて時間を割くかな?とは思います(笑)。
――バキュームは何秒くらい維持できるものなのですか。
須江 ポーズを取っていると息が上がってきます。そのときに息を止めて胸郭を上げるわけですから、そんなに長くはできないです。
――須江選手から見て、バキュームがうまい選手となると?
須江 五味原(領)選手はうまいと思います。彼はポーズ全般がうまく、まだ弱点もあるのでしょうが、自分の長所、短所を理解した上で上手に表現できていると感じます。客観的に自分のことをよく把握できているんだと思います。