2019年に十代でミスター東京、そして日本選手権ファイナリストとなり、一躍ボディビル界の時の人となった相澤隼人選手。あれから2年、21歳になった相澤選手は今、頂点を目指すためにどのような戦略を組んでいるのか。コロナ禍の中、こつこつと取り組んでいたバルクアップの方法論を解説してもらった。
取材・文:藤本かずまさ 撮影:岡部みつる
▶最年少ミスター東京、相澤隼人が語った‶筋肉を成長させ続けることができる理由″
――2020年は1試合も出場しない年になりました。
相澤 はい、1年間全く大会に出ないというのは、(デビュー以来)初めての経験です。ただ、出場しなかったらしなかったで、充実した1年を過ごせました。それまでは、頭の中に常に大会のことがあって、他のことに目がいかないということが続いていたんです。でも、大会に出られない状況になって、それで逆に視野が広がったような気がします。
――その「視野が広がった」というのは?
相澤 言葉で表現するのが難しいんですが、いろんなものが見えた1年だったと言いますか。
――大学1年生の2019年は東京選手権、日本クラス別選手権、学生選手権、日本選手権と多くの試合に出場しました。2020年は大会に出なかったことで、ようやく大学生らしい生活が送れるようになったのでは?
相澤 それがコロナ禍で授業が全てオンラインになったので、学校に行っていないんです。友達と遊びにもいけないですし、「大会に出ないことでできるようになったこと」というのは、あまりないんです。ただ、大会コンディションまで減量することがなかったので、おそらくデカくなったと思います。
――うまくバルクアップができたのですね。
相澤 去年は大会があるつもりで、4月1日から減量はしていたんです。結局大会はなくなったんですが、8月にラグーナテンボスでの「マッスルプールパーク」というイベントへの出演が決まったので、そこまでは減量を続けました。そして8月に減量を終えてから、そこからまた増やしていきました。僕は固形食は1日に4食しか取らないんです。それにプロテインが1、2回といった感じで、これがベースになっています。このベースを崩して、固形食を1日5食にしてみたんです。
――1食分として、どのようなものを食べているのですか。
相澤 白米500g と胸肉150g ほどです。その追加の1食をどのタイミングで取るべきか。夜遅くに食べると、睡眠の質が下がってしまいます。だから逆に、朝早くにしたんです。5時に起きて1食分を食べて、もう一度寝る。そのあともう一度起きて、朝食を食べてからトレーニングに行っていました。その食生活を続けて、7月末の時点で78㎏だったのを約2カ月で85㎏まで増やしました。そして10月初旬からまた減量して、11月中旬までに80㎏くらいまで絞りました。そして、そこからまた年末まで83㎏くらいまで増やしました。
――その「絞る」「増やす」のタイミングは、どうやって見極めていくのですか。
相澤 トレーニングの質、日中の眠気、パンプの仕方、息の上がり方、むくみ具合などです。そういった体調を見ていると「そろそろ落としたほうがいいかな?」というのが分かるんです。
――そうして体重の増減の波をつけて、計画的にバルクアップできたのですね。
相澤 こうやって年間を通して波をつけることで身体はデカくなるということが実感として掴めました。過度な減量もせず、過度な増量もせずに、少しずつベースの体重を上げていきました。同じ83㎏でも、2カ月前の83㎏と今の83㎏とでは、今のほうがコンディションはいいです。ということは、除脂肪体重が増えているということです。少しずつアップデートできていると思います。
――トレーニング面の課題としては? 2020年の取材では、「どの部位にも必ず脊柱、体幹を使う種目を入れて、『もし潰れたら…』という恐怖を自分に与えながらやっている」とおっしゃっていました。
相澤 そこからさらに進化しました。恐怖度が増しています(苦笑)。今のテーマは、身体の厚みと、インパクトを作ることです。僕はフロントリラックスのインパクトが弱いんです。何となくポーズの形はできるのですが、リラックスポーズを取って「すごい!」と思わせる選手は、本当にすごいんです。
――あー、何となく分かります。
相澤 ここはボディビルの難しいところですが、強すぎる部位がある選手は見た目のインパクトがあるのですが、その部位と比べると見劣りする部位も出てきてしまいます。僕は弱点が見えづらいタイプなのかもしれませんが、その反面、インパクトが弱いんです。
――そうした中で、いかにしてファーストインパクトを出していくかということですね。
相澤 そして厚みですね。日本クラス別選手権で合戸(孝二)選手と並んだときの写真を見ると、2次元の写真なのに合戸選手のほうが厚みがあるんです。写真でこれだけの差があるのなら、生で見るともっと差があったはずです。その厚みを作るために、恐怖を感じる重量でフリーウエイトをやり込んでいく必要性を感じました。
――現在、強化している部位は?
相澤 胸の上部、上背部、肩、上腕三頭筋、大腿四頭筋です。
――厚みとリラックスポーズのインパクトを演出する筋群ですね。
相澤 そうです。だから、上腕三頭筋は特に(アウトラインを形成する)外側頭を重視しています。
――ケガや疲労との兼ね合いについては?
相澤 ケガをしそうなときは重量を一旦下げて、そこからまた徐々に上げていきます。ケガってだいたい、挙げられなくなったときにするものです。これは感覚論になるのですが、僕はコントロールしながら重量を伸ばすようにしているので、重量が伸びなくなったときというのは、その重量がコントロールできなくなっているんです。そうしたときに、ちょっとした動作の狂いで「ヤバイかも…」と感じることがあります。そういうときは重量を下げます。種目にもよりますが、5㎏とか10㎏とか下げるだけで(コントロールできる)感覚が戻ってくるので。そこからまた2週間ごとに重量を伸ばしていきます。
――「この種目は高重量」「この種目ではねちっこく攻める」など、種目の使い分けはどのようにしているのでしょう。
相澤 基本的にベンチプレス、スクワット、バーベルショルダープレスなどの複合関節種目、またデッドリフトなど体幹を使う種目は重さを持てる種目です。そういった種目では積極的に使用重量を伸ばしていきます。アームカール、レッグエクステンション、レッグカールなどの単関節種目は、ひとつの関節にかかる負荷が大きくなるので、重量を負い過ぎないほうがいいのではないかと思います。
――上腕三頭筋で重量を追っている種目は何になるのでしょう。
相澤 クローズグリップのベンチプレスです。重量は140㎏くらいです。
――以前はスーパースミスマシンを使っていました。
相澤 今はフリーウエイトでやっています。軌道が決まっておらず、複合的な動きができる種目を選びました。また、設備としてスミスマシンは2台あって、ベンチ台は4台あるんです。ベンチ台のほうが空いている確率が高いので、時間的な効率を考えてフリーウエイトでやるようにしています。
――腕の日は三頭筋が先ですか?
相澤 いえ、二頭筋です。三頭筋から先にやると、肘が怖いんです。二頭筋を先にやることで肘のウォームアップができるので、そのあとに三頭筋をやるようにしています。それに、クローズグリップのベンチプレスをやるときに二頭筋がパンプしていると、それがクッションになってプレス動作がやりやすいというのもあります。あと、二頭筋をあとに持ってくると、何となくトレーニングを終えたような気持ちになれないんです。二頭筋と三頭筋は筋線維の特徴が違っていて、三頭筋は羽状筋なのでパワーが出せて、なおかつ(追い込んで)乳酸を貯めることも必要になってきます。乳酸を貯めるためにドロップセットなどのハイレップで追い込むので、やり終えたときには「これで終わった!」という気持ちになれるんです。
――背中で重量を追う種目となると、何になるのでしょうか。
相澤 ベントオーバーロウイングです。動作として足から連動してバーを引き上げるので、安全に重量を伸ばしやすいと思います。ただし、そこで一瞬でも動作を間違えると、シュラッグのようなフォームになってしまいます。だから、無理のない重量選択が重要なポイントになってくると思います。
――そこでデッドリフトという選択肢も出てくるかと思います。
相澤 デッドリフトでもいいのかもしれませんが、デッドリフトをやり込むと脊柱起立筋の疲労が抜けなくなるんです。脚の日にスティッフのデッドリフトをやっていて、なおかつ背中の日にデッドリフトを伸ばしていくのは(無理がある)。僕は脊柱起立筋に疲労が溜まると、粘れなくなるんです。あと1レップ挙げられそうなところで、力が抜けてしまいます。だから、背中の日のデッドリフトは「時間があるときにやる」という感じです。
――脚は前後に分けていました。
相澤 今は一緒にやっています。もう分けることはないと思います。以前は大腿四頭筋とハムストリングを分けていたのですが、どちらも担ぐ種目をやりたいんです。だからハムの日にスクワット、大腿四頭筋の日にスミスマシンとハックスクワットをやっていました。そうした担ぐ種目を週に2回やって、背中の日にも脊柱起立筋を使う種目があります。すると、1週間のうち3日も脊柱起立筋を使っていることになるんです。だから、今は「脚の日」として、まとめてやるようにしています。
――種目の構成としては?
相澤 インナーサイ、アウターサイをやってから、まずプローンレッグカール、レッグエクステンションから始めます。次にバーベルスクワット、フロントスクワットなどスクワット系に入ります。脚の内側、外側、後ろ側、前側の4方向で動かしてからスクワット系に入るようにしています。
――アップとして4種目行っているのですね。
相澤 スクワット系を4種目やってから単関節種目に入ります。ここでのレッグカールは、プローンはすでにやっているのでニーリングになります。ここで収縮させてハムの感覚をよくしてからスティッフのデッドリフトでストレッチをかけていきます。そして最後に殿部を2種目。時間があるときにはカーフもやります。
――お話を伺うと、ギリギリを攻めながらも無茶はしない、という印象です。
相澤 無茶苦茶なことはやらないですね。1レップ目を100%のフォームでできるとしたら、後半のフォームは70%くらいまでならOKです。50~60%くらいのフォームになってしまうのなら、やめたほうがいいです。僕も無茶なことを経験しながら、今のトレーニングに行きつきました。また、トレーニングのスキルが上がってきたというのもあると思います。歴を重ねていく中で、少しずつ動作が安定してきました。
――トレーニングのスキルアップというのは、筋肉への負荷の乗り方などで把握できるのでしょうか。
相澤 同じ種目で同じ重量でも、「以前よりも動作が安定してきたな」とか「刺激がしっかりと入るようになったな」とか。そういったことで分かるようになってきました。また、トレーニングノートにレップ数を書くときに、1年ほど前から5種類に分けてメモするようにしているんです。
――5種類?
相澤 「×」「?」「△」「レップ数のみ」「〇」の5種類です。例えば、10回を狙う種目があったとしたら、「10×」「10?」「10△」「10」「10〇」の5段階があるんです。10回挙げられなかったら「10×」、最後にフォームが崩れてしまって「これは10回に数えていいのかな?」という場合は「?」、少し崩れたけど何とか10回を挙げられたら「10△」、問題なく10回挙げられたら「10」、1レップから10レップ目までほぼフォームを変えずに挙げられたら「10〇」。「10×」の前の段階として、「9〇」もあります。「10〇」ができるようになったら、その種目の10レップはクリアしたと見なして、次回のトレーニングから重量を上げます。
――種目によっても違うかと思いますが、重量を上げてから次の「〇」が出せるようになるまで、どのくらいかかるものなのですか。
相澤 インクラインベンチの場合だと、今は130㎏で「6〇」なんです。これを「7〇」まで持っていくのに、あと1、2カ月ほどかかると思います。実際、毎回のトレーニングで1レップずつ伸ばしていくのは不可能ですから。だから、「6〇」から「7?」にな
っただけでも、成長できているということになるんです。次はこの「7?」を「7△」にしていきます。
――セットの質の内容を細かく分けて記録しているのですね。
相澤 はい、そうすることで自分がどれくらいの精度でトレーニングできているのかを把握できます。
――1年前のインタビューでは、25歳までに日本選手権で優勝したいと語っていました。21歳になった今、その気持ちは?
相澤 そこは変わっていません。1年前は「今年はベスト6を目指す」と言いましたが、それも変わりません。欲張りすぎず、上を目指していきたいです。
――と言いつつも、自分の成長に対していい意味でとても貪欲です。
相澤 日々アップデートしていく必要があると思います。自分に対して、新しい発見などを見つけていかないと。
――昨年は大会に出なかったので、その分、落ち着いてトレーニングを見直すことができたのかもしれませんね。
相澤 それです! それを言いたかったんです。落ち着いてトレーニングについて考えることができました。また、ボディビルは好きでやっているものだから、楽しくやらないといけないと思うんです。例えば、減量中に「食べたいな」と思うことがあっても、それを含めてボディビルを楽しむ。「何でこんなにつらいことをやっているんだろう」という感覚ではダメです。2019年は、そういう気持ちになってしまっていました。それではダメだということに気づけましたね。「好きだからやっている」「楽しいからやっている」そんな気持ちを忘れないようにしたいです。
続けてお読みください。
▶フォトギャラリー 令和の怪童・相澤隼人、ミスター東京を制したあの興奮を呼び覚まそう=2019年・第54回東京ボディビル選手権大会
相澤隼人(あいざわ・はやと)
1999年10月21日生まれ。
神奈川県出身。身長164㎝、体重71kg(オン)84kg(オフ)。
主な戦績:
2015~2017 全国高校生選手権優勝
2017 日本ジュニア選手権優勝 世界ジュニア選手権75kg級5位
2018 全日本学生選手権優勝
2019 東京選手権優勝 日本クラス別選手権70kg級4位 全日本学生選手権優勝 日本選手権9位
大会前に見た夢:「遅刻しそうになった夢は見たことあります。電車が止まってしまって、タクシーに乗り換えて急いで会場に向かうという。大会に出る以前に、選手受付に間に合うかどうかでハラハラしました」
執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。