その競技の頂点を射止めた王者たちも、かつてはみんな初心者だった。トライ&エラーを繰り返し、階段を昇っていったレジェンドたち。その過程で経験したしくじりには、未来の優勝につながるヒントが隠されていたはず。世界王者・鈴木雅選手に自分を育てた失敗を語ってもらった。
取材・文:藤本かずまさ
挑戦しないことには何も得られない失敗はチャレンジの向こう側にある
鈴木 これは失敗なのか成功なのか分かりませんが、昔はやたらと重たい重量を扱っていました。フォームうんぬんではなく、とにかく重たいものを上げればいいと。筋肉の動きではなく、ある程度の可動域を気にしながら重たいものを持っていました。
― 重量にこだわっていたのですね。
鈴木 ただ、フルレンジで行っていても、狙いたい筋肉を動かせていないということがあるんです。私の場合は、プレス系種目は肩や腕などで上げてしまう。そのため、肩と腕は強くなりましたが、胸は弱点になってしまいました。初心者のころにしっかりとフォームを覚えておけばよかったと思っています。その一方で、重たい重量を扱っていたことが今に生かされている部分もあります。高重量を持てるようになりましたから。
― 重量に対して怖気づくことがなくなった?
鈴木 そうですね。まずは重さを扱えるようにならないと。トップビルダーで筋力が弱い選手はいないと思うんです。重さを扱えるようになっておいてよかったです。コントロールは、後からでも覚えることができますからね。運動神経や感覚神経が発達していない段階でコントロールばかりを意識しても、使用重量は上がっていきません。
― 肩や腕で上げていたというのは、身体動作のクセからくるものなのですか。
鈴木 もともとの骨格からくるクセもあります。それは、「この筋肉は動かしやすい」「ここは動かしにくい」ということなのですが、動きの構造をちゃんと理解できれば、動かしにくかった筋肉も動かせるようになります。それがすべてできるようになってきたのが2012年あたりからです。「こういうことなのかな?」と考えながらトレーニングを続けていって、動かせるようになっていきました。日々の積み重ねです。ある日突然、できるようになるわけではありません。
― 調整方法に関しては?
鈴木 自分もそうですが、調整方法に関して絶対的なものってないと思うんです。毎年、よりいい方法を求めていきたいと思っています。自分をアップデートしていく作業です。それがボディビルのおもしろいところでもあります。毎年同じことをやっていたら、同じ結果しか得られません。そこに、どれだけのものを付け加えていけるか。そのためには挑戦するしかありません。
― 答えは一つだけではないということですか。
鈴木 私も以前は本に書かれている内容などを参考にしてトレーニングを行っていました。活字になっているものは、絶対だと思ってしまうんです。実際には、いろんなアプローチ方法があります。「絶対」と思い込んでしまうと、ものの考え方が狭くなっていくんです。
― 鈴木選手にもそういった時期があったのですね。
鈴木 ありました。08年くらいですかね。まだ日本選手権で優勝する前でした。「この方法もいいんだけど、こっちの方法もアリなんじゃないか」と考えられるようになってから気も楽になりましたし、考え方に幅がつきました。
― それは「柔軟になった」ということですか。
鈴木 いい表現を用いれば、そういうことかもしれません。もちろん、そのなかには効率的ではないものもあります。ただ、いろんな見方ができるようになったというのは確かです。例えばトレーニングに関係のない分野でも、それがトレーニングに生かせるようになります。いろんなところにヒントは転がっているものです。
― プログラムも試行錯誤を繰り返してきたのでしょうか。
鈴木 毎回、試行錯誤しています。今もチャレンジしていることがあります。まだ大会に出る前のことですが、運動神経、感覚神経がまだ発達していないときに、重量を落としすぎてしまったことがあるんです。今で言う「効かせるトレーニング」というものです。効かせるトレーニングというものの情報があまりない時代でしたから、とりあえず意識しながら、ゆっくりと行うのがいいのかなと思ってしまったんです。筋肉がどのよう
に付いていて、どのように動かせば効く、ということは考えていませんでした。結果、一時的に重たいものを扱えなくなってしまいました。裏付けを持ってやるべきだったと思います。「効かせる」の裏付けを知らなかったのです。私が勉強不足だったように思います。
― 減量についてはどうでしょう。
鈴木 初めて大会に出場した2003年、当時アメリカではやっていたケトジェニックダイエットをやってみました。見事に失敗しましたね。筋量をかなり失ってしまい、元気のない体になってしまいました。自虐的なことをやってしまったと思いました。そこから減量方法を見つめ直して、筋肉の状態がよければ、体も精神も元気なのではないかと考えるようになりました。そこから炭水化物を少しずつ食べるようになっていきました。
優勝する前年までは水抜き、塩抜き、カーボアップなども考えながらやっていました。ただ、うまくいったことが一度もなかったんです。いつも筋肉が張らない状態で大会に出ていました。いつもよりも浮腫まない程度での調整でいいんじゃないかと思うようになって、そこからよくはなりました。考えてみたら水も塩も、筋肉を張らせるためには必要なんです。
― 現在の調整方法のベースができてきたのですね。
鈴木 体の生理的な反応と逆のことをやっていたんです。炭水化物が必要な競技をやっているのに炭水化物をとらない。すると、体の反応はすごく悪くなっていきます。
― それも実践してみたからこそ得られた知識のように思えます。
鈴木 やってみないことには批判もできないです。競技に出るくらいトレーニングを一生懸命にやってみないと、本当に効果があるかどうかは分かりません。実質、トレーニングを一生懸命にやっていた指導者、ボディビルを長くやっていた指導者は、経験値が高いと思います。本当に一生懸命にやっていた人にしか分からないものってあると思うんです。
― もう一段上の体を目指すなら、大会に出るのも有効な手段なのですね。
鈴木 もちろんそうです。減量中はエネルギーが少ない状態でトレーニングを続けることになります。かなり考えていかないと、できないことです。あの感覚は、大会に出たことがある人にしか分からないと思います。