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第65代ミスター日本・横川尚隆の掟「横川流トレーニング&ボディビル論」=2019年日本選手権後に語られたこと

メンズフィジークからボディビルに転向して3年。横川尚隆選手が、ついに日本一の座をとらえた。今年はタレントとして活躍の場を広げ、その名を広めるとともにボディビル競技の認知度も高めた実績を持つ。人気、期待、実績。名実ともにナンバーワンと言える若き王者が、新時代の幕開けを語る。(IRONMAN2019年12月号より)
取材:鈴木彩乃 撮影:AP,inc 大会写真:中島康介

【写真】2019年日本選手権での横川尚隆選手

昨年2位からの奮起

──振り返って優勝の瞬間はどのようなお気持ちでしたか。
横川 安心したっていう気持ちでしたね。これでようやくツラいトレーニングが終わるな~というのが強かったです。うれしさもありましたけど、トレーナーの武井郁耶さんのために優勝したいっていう想いがとにかく強かった。

──「武井さんのため」というのは、どういう想いが込められているのでしょうか。
横川 この1年間、ずっと無理を言ってスケジュールを合わせてもらって、大会直前も助けていただきました。僕にできる武井さんに対する唯一の恩返しは、日本選手権で優勝をして「日本一を育てたトレーナー」という称号を持ち帰ること。だから優勝してうれしいと感じたのも、それを叶えることができたからなんです。

──昨年の日本選手権に出場するときは、腕トレだけを見ていただいていましたよね。
横川 はい。そこで負けてから、週6で全部位をお願いしていました。この1年は、家族よりも長い時間を一緒に過ごしてきました。

──週6! その決断に至った理由は?
横川 昨年のシーズンで、自分が思うほど成長することができなかったからです。仕上がり体重は増えていたし、大きくなって進化している部分があったからこそ大会での順位は上がったのだと思いますが、自分が思っていたレベルの半分にも満たないくらいだったんですよ。もちろん「負け」という結果が悔しいのもあって、来年(2019年)こそは徹底的に周囲をブッ倒してやると心に決めたので、そのためにはこれまでと同じことをやっていてはダメだなと思って、思い切って全ての取り組みを変えました。

──ここまで、全て自分自身でやってきたわけですよね。それを他者に託すことに怖さなどは、なかったですか?
横川 うーん、なかったですね。もともとはメンズフィジーク時代からのジム仲間でごはんにも何度も行っていたし、武井さんは年上ですけど学生時代の友人のようなノリや感覚でバカ話ができるんです。一緒にいてどういう人かも分かっていたし、体も素晴らしくて知識も豊富。絶対的な信頼を置ける人なので、迷うこともなくお願いしようと思えました。

想像を絶する高強度トレ

──この1年、どのような取り組みをしてきたのでしょうか。
横川 想像を絶する高強度トレーニング、というのでしょうか。それまでのトレーニングの倍の強度で体に対してギリギリのところを攻めてもらったので、大げさでなく「このまま命を落としてしまうんじゃないか」と本気で感じることも頻繁にありました。この1年、間違いなく日本で一番やったと思うから、これで成長をしないわけがないし、そういったトレーニングを続けてきたからこそ誰にも負けない自信が身についていた、と感じています。同じトレーニングをやれ、と言ったら自分以外の誰もが1週間もたずにギブアップするだろうと思います。

──乗り越えられたのは……?
横川 やっぱり武井さんだから、ですよね。セット中は真剣にギリギリを攻める。だけどインターバルに入ったら、とことんバカな話をしてふざけて笑い合っていられた。それが本当に楽しくて、だから乗り越えられました。

──今回はその全メニューを紹介していただきました。
横川 簡単に言えば、フォーストレップ法ですけど、武井さんはとにかく補助がうまいんです。体の特徴、動作のクセを見抜いてその上で絶対に効く挙げ方をフォローしてくれる。他の部位を疲労させることなく狙った部位だけに効かせることができるから、たとえ僕が挙げられなくなっても、そこからの補助で特定の部位だけを使って挙げることができる。だから、一つの筋肉に対する強度がものすごく高いんです。1種目の1セット目から全てを使い切るから、ダメージとしては相当なものがありますけどね(苦笑)。

──一人でトレーニングしていたときには使えていなかった部位がかなり使えるようになった。
横川 一人だと挙げたくても限界がある。だけど、実際には限界に達していないわけですよ。残り数パーセントの力を補助により引き出していただいて、完全に全てを出し切って終わることができるようになりました。

モチベーションは、もはや怒り

──そのようなアプローチを全身にしていった、と。では特に強化した部位はなさそうですね。
横川 強化したのは、全部です。昨年は、全身の全てにおいて何もかもが不足していましたから。

──新しいトレーニング環境に身を置いたことによって得た変化は、体以外に何かありますか。
横川 ……おかしくなりました。

──え?
横川 より子どもになったというか、武井さんからはよく「人間じゃなくなった」と言われます。うまく説明できないのですが……言えることがあるとしたら、筋肉と引き換えに知性を失ったということです。頭脳レベルがかなり下がりましたね。自分でも思いますが中学生のときよりもヒドいと思います(笑)。

──それでもそばで支えてくださる武井さんには感謝、ですね。
横川 業界内で仲良くしてくださる方は他にもいますけど、皆さん年上なので、言えること・言えないこともある。地元の友だちと一緒にいるときのような接し方は当然できませんよね。だけど武井さんには、それができるんです。僕の私生活もよく知っているし、考えていることや、やりたいことや思っていることも理解してくれている。そういう人がそばにいてくれることで、心の安定が保たれるという側面もあるのかなと思っています。

──減量はどのように?
横川 トレーニング強度が強かったことと、メディアに出演する機会が多かったので減量幅がもともと少なかったのと、そういった理由から特に工夫をせずとも落とすことができました。有酸素運動をやらずに大会当日を迎えたのは初めてでしたね。食事も米の量をセーブしたくらい。むしろこれまで摂っていなかった脂質を卵とサバから摂るようにして、比較的元気に過ごすことができました。

──今シーズン、ゲストポーズを除けば日本選手権が国内唯一のステージでした。
横川 過去最高のコンディションで臨むことができました。それは審査員の方からも、観ていた方からもそのように言っていただけました。絞りも、ハムから尻までもしっかりできていた、と。だけどステージに立ってどうこう、というのは……いつも通りです。緊張するタイプでもないですしね。

──前年度まで連覇を続けていた鈴木雅選手の欠場、という点については、何か思うところはありましたか?
横川 全く気にならなかったです。僕の場合トレーニングをするのも、ステージに立つのも、全ては優勝するため。誰が出場していても、していなくても「優勝する」という目的は変わらないわけです。なので、そういったことは全く気にしていませんでした。

──とにかく「勝つ」ことだけがモチベーションなのですね。
横川 ですね。ボディビル競技に対するモチベーションは人それぞれだと思います。「去年より自分の体がよくなっていれば、それでいい」というスタンスの人もいますが、僕は違います。勝つことが全て。なので、今年は鈴木さんが不在で「誰がチャンピオンになるのか」という話が聞こえてくると、自分の中では「俺に決まってるだろう!」と、怒りに似たような感情が自分の中で湧いてきて、それが何よりものモチベーションになるんです。とにかく勝負事では一番にならないと気が済まない。相手に誰がいるとか、あの人だけには負けたくない、とか、そういった対個人の感情は皆無。ただシンプルに誰よりも圧倒的に強くありたいと、そう思っているだけなんです。

──日本選手権は優勝も含め3冠王者となりました。アーティスティックといえば、フリーポーズが印象的です。
横川 好評でした。特に、脚をプルプルさせてガチッと止めるやつは「何十回も観た」って言われます。元ネタはジェイ・カトラーとビック・ラミー。大腿部の筋量には絶対的な自信があったし、ほかの誰かがやる前にやりたいと思ったので実現できてよかったです。

ボディビルを一般層に届ける

──この1年はタレント活動も始まり、トレーニング以外の生活面も大きく変わったと思います。
横川 いろいろな意見があるということは、よく分かっています。でも、誰に何かを言われてやっているわけではなくて、僕自身が心から「やりたい」と思って取り組んでいることなので、それに関して誰かの意見は関係ないというか……。僕の人生ですからね。

──賛否があるのは、注目されている証拠という解釈もあります。
横川 メディアを通して僕のことを知ってくださった方が、何十人も日本選手権の会場にチケットを購入して足を運んでくださったんです。これまでボディビルに触れたこともない人に競技の面白さを広めることができるというのは、いくら自分が好きで「やりたい」からやっていると言っても、すごくありがたいな、と思いますね。

──「ボディビルという競技の認知度も高めていきたい」というのは、業界全体の想いであると同時に横川選手自身もかねてよりおっしゃっていました。
横川 これまでは広めたいと思ってもその術が限られていました。だけど活動の幅が広がったことによって、より一般層に届けられるチャンスを手に入れたと思うんです。その「届け方」に対する声がいろいろあるのは分かっていますが、人には人の届け方があっていいのでは?と思うんです。日本選手権後ゲストポーズに行った沖縄でも、行く先々でたくさん声をかけてもらったんですね。若い子たちだけでなく、おじいちゃんおばあちゃんも知っていてくれる。びっくりしましたし、すごくうれしかったですし、メディアの力というものを改めて感じました。

──日本一という称号も手にして活躍の場は広がるばかりですね。
横川 チャンスをいただけることは感謝でしかありません。いろいろありますが(苦笑)もともと周りの声に左右されるタイプでは全くないので、これからも僕なりのやり方で届けていきたいと思っています。

新しい時代のチャンピオン像へ

──競技に話を戻しましょう。世界大会を終えて次のシーズンは、当然ですが日本チャンピオンとして迎えることになります。
横川 うーん、特に何も変わるつもりはないです。JBBFの歴代王者を見ていくと、なんとなくチャンピオン像が確立されているように感じます。それぞれが意識してそうなっていったのか、自然とそうなっていくのかは僕にはまだ分かりませんが、その流れに乗るつもりは全くありません。誰かの後ろを追いかけるつもりもないですし、誰かの生き方を真似するつもりもない。

──新しい像を作りたいわけでもない、ですか?
横川 いや、その想いはあるといえばあります。人が何か行動に移すときって、憧れが強い動機になるじゃないですか。じゃあ、人はどのようなものに憧れを抱くか考えたら「華やかさ」だと思うんです。トップに立つ人間が華やかでスポットライトを浴びるような存在でないと、どうしてもジャンルとしての求心力は弱くなる。ただ競技人口を増やせばいいとは思いませんが、若い選手やファンが増えなければ、いずれは衰退してしまうわけですよね。現状のボディビルには……まるで修行僧のようなイメージがありませんか? それも悪くはないけれど、若い人にはウケにくいよなあ、と思うわけです。なので、僕としては華やかさのあるチャンピオンを目指し、若い世代の興味関心を今よりもっと引き出したいなと思うわけです。

──メンズフィジークに若い選手が多く集まる理由の一つは、そこかもしれませんね。
横川 はい。もちろん僕自身ボディビルが大好きですし、現状の全てを否定するつもりは全くありません。それでもやっぱりトップ争いが毎年ほぼ同じ顔ぶれというのは、いい面もあれば悪い面もあるのかなって思うんです。今年はファイナリストに入れ替えがあった。例年と比べて、順位もかなり変わりましたよね。大会後に「面白かった」と感想を綴っている人が多いように感じたのは、そこに要因があるんじゃないのかなって。そういうドキドキを日本選手権という場で毎年感じることができたら、連覇達成を軸として見る以外の面白さが出てくるんじゃないかなと思っています。来年、僕が負けてもそれはそれで面白くなりませんか?

──そう思います。ですが、そうは言っても横川選手、負けるつもりはありませんよね。
横川 先のことは考えられないタイプなので、今(※取材時)は目の前にある世界大会のことしか頭にありません。

大きな夢を叶えたい、と願うなら

──最後に日本一を果たすために費やした3年間を振り返り今、思うことを教えてください。
横川 僕はここまでの3年間、全てをボディビルだけに費やしてきました。それは前から言っていることだし、実際に誰よりもやってきた自信もあるけれど、それは何も特別なことではないって思うんです。4年というキャリアで、ボディビル競技で日本一に立とうだなんていう大きなことを成し遂げるなら、適当にやってできるわけがない。だから、それくらいやって当たり前なんです。ボディビルだけでなくメンズフィジークも含めて競技人口が増えている今、いろいろな想いを胸にチャレンジをしている人がいると思うのですが、中途半端にはしてほしくないな、と思っています。

──どのような意味での中途半端ですか?
横川 趣味で楽しむために出る分にはいいと思うんですよ。そうではなく、大きな目標があり勝ちたいと思っているのに、やるべきことをやらない。何となくやってツラいことは避けて、何となく出て終わる、という意味です。一生懸命に取り組まないと途中で失敗したことにも気がつかないじゃないですか。失敗したと気付けないことが一番の失敗です。真摯に取り組んでいれば、すぐに気付けることでも、適当に取り組んでいるだけでは何も気付かない。

──横川選手も失敗を重ねてきたわけですものね。
横川 はい、たくさんしてきました。だけどそれがあったから、今があると思っています。失敗は恐れる必要はなくて、うまくいかない方法が分かるようになるだけのこと。デカい夢があるのなら、相応以上のことをやらなければいけないんです。自分の敵は自分以外にはいないし、自分に勝つのも当たり前。勝ちたいなら、ツラいことから逃げないこと。本気なら最低限、それくらいのことをしないと。中途半端は、ただの人生の無駄使いだと思います。トレーニングに限った話ではないかもしれないけれど、情熱を持って取り組んでほしいと思います。

──熱いメッセージですね。
横川 最後にボディビルには正解がありません。それぞれの筋肉が発達をして、美しくかたちづけられていれば全て正解だと思います。それでも、僕はずっと筋量にこだわっていきたい。僕にとってボディビルとは、バルク。トレーニングを始めてからそれしか考えてきていません。バランス、カット、質感、絞りなどは勝つための要因として大切なことですが、それら全てはバルクあってのことだと思うんです。まずは大きさがあって、そこから先の完成度を高めていくためのバランス、カット、質感、絞り。ボディビルはダイエット大会じゃないんだから、そこの優先順位はブラさないでほしいと思っています。

【写真】2019年日本選手権での横川尚隆選手

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