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デッドリフト200kg超え!史上最強女子大生パワーリフター野村優の独白

美女アスリートは珍しくない。だが、パワーリフティング野村優は特別だ。日本人女子クラシック(ノーギア)史上初のデッドリフト200kg 挙上達成。この記録が、外見の話題に終始する選手ではないことを、雄弁に物語る。2020年12月には、非公式記録ながら215kgを引いた。まだあどけなさが残る21歳の女子大生が明かす、その生い立ち、現在、そして未来。(IRONMAN2021年6月号より)

取材・文:木村卓二 撮影:上村倫代 写真提供:三浦重則、野村 優

パワーリフティングとの出会い

小学校3年生のときに柔道を始めました。母親がやっていて興味があったのですが、友達に誘われたのがきっかけです。スポーツが得意ではなく、初めのうちは投げられてばかりで「受け身をしに行っているのか?」と言われる感じでした。全然力もなくて、結構しんどかったんですけど、母親に小学校6年生までは続けなさいと言われました。何も続いたことがなかったので、続けてみました。

結構気の弱い子というか、すぐ泣くし、力も強くなかったです。身体は弱くて、風邪もすぐひくし、そんな大した病気ではなかったと思うんですけど、入院とかも結構していました。今では全然風邪をひかなくなって、最後に熱出したのいつだったかな?っていう感じです。そういう幼少期があったからこそ、強くなるということに魅力を感じたのかな、とは思います。

トレーニングもして、徐々に力も強くなり、小学校6年生くらいになると、ちょっとずつ相手を投げられるようになりました。柔道自体がすごく好きになったので、中学生になってからも、地元の道場で続けました。中学校の部活は剣道でした。球技が本当にダメで、文化系も嫌だったので、なら剣道部かなという感じで選びました。でも、あまり真剣に部活に取り組まなくて、すごくそれを後悔したので、高校では真剣に部活をやろうと思いました。

自分の通学圏で、唯一柔道部がある公立高校が農芸高校なんですけど、そのオープンキャンパスに行ってみたら、柔道部の体育館の隣にパワーリフティング部の練習場がありました。日を改めて体験入部に行くと、顧問の先生が三浦(重則)先生とお知り合いということで、筋力強化でウエイトトレーニングを教えてもらうため、当時の京都学園大学のパワーリフティング部に見学に行かせていただきました。入学してから名前が変わりましたが、現在の京都先端科学大学です。

そこで女性の西田(万留々、旧姓寺原)コーチが、スクワットで自分の体重の何倍もある重量を挙げていたんです。それを見て、「めちゃくちゃかっこいい!」と思い、すごく魅力を感じました。世界大会に行ったエピソードなど聞いているうちに、私もパワーリフティングで世界大会に行きたいな、世界チャンピオンになりたいなって思うようになりました。そのときは、本当に20㎏のシャフト1本でも重たいと感じる状態だったんですけど、それでも世界チャンピオンになってみたいなっていう気持ちが沸々と湧いてきました。

勉強でも、一番になりたいという思いがあまりなくて、平均点より上を取って満足していた感じでした。それが世界チャンピオンになりたいと思ったのは……、なぜでしょう……。何かが降りてきたんでしょうね。自分でもその辺はよく分からないんですけど、なんかかっこいいな、自分もこの世界で1番になりたいと思って。

高校に入学して、最初は柔道部に入ったんですけど、部員数も少なくて、練習がちゃんとできていませんでした。1年生の秋、パワーリフティング部に転部しました。

家族愛と〝牛愛〟

家族からは、素直に応援してもらいました。すごく感謝しています。世界大会に出るとは、まず思っていなかったでしょうね。「頑張って」っていうぐらいの感じだったんじゃないですかね。

実家は農家で、酪農をしています。大学の授業があるとき以外は、搾乳や、掃除清掃などして、私も手伝っています。牛の出産に立ち会うこともありますが、これはちょっとイレギュラーな作業です。

5時半くらいに目覚めて、軽くご飯を食べてから牧場に行きます。掃除や搾乳が終わって、一回家へ帰って、また食事をします。その後、時間が自由になるんですけど、大学の課題をしたりしています。最近は、荒地から畑を作ろうと思っていて、畑仕事に行ったりもしています。お昼ご飯を食べて、大学に向かって、部活をやって、帰宅します。日曜日は9時から練習なので、午前と午後が逆転する感じです。

実家が酪農家なので、“牛愛”がめちゃくちゃ強いです。大学2年生ぐらいからですね、練習で使っている足袋に、牛の柄を描いています。白い足袋を使っているんですけど、自分らしさがないと思って、それで、「牛描いちゃえ!」と思って(笑)。今履いているのが牛柄3代目で、柄が気に入らなくて他にも描いたんですけど、水性のペンを使ってしまって、滲んじゃって(笑)。

実家は、家族経営の小さい酪農家なので、裕福ではないです。だから、私がパワーリフティングやること、世界大会に行くことによって、両親にかなり経済的な負担をかけていると思うんです。けれども、そんな中で応援してもらえるっていうのは、すごくありがたいですよね。逆に、結果を出さないといけないっていう風に、強く思っています。

デッドリフト記録急上昇の高校時代

パワーリフティングを始めたころ、周りの友だちは、「そうなんだ」くらいの反応でした。それが、国内大会を勝ち上がり、世界大会に行くにつれて、「え?スゲエ!」みたいな感じに変わりました。上へ行くほどリアクションが良くなっていったというか、「まさか!?」みたいな感じで。

1 番成長したタイミングは……。どれも捨てきれないですが、階級上げた時と自粛明けの2つ……。階級を上げた時は、重量的に伸びました。コロナ禍の中で自粛期間があって、そこで色々見つめ直して減量始めたり、自分の弱い筋肉を鍛えたりして、自粛明けの昨年12月に行われた非公式の大会で、歴代女性最高重量(DL215㎏/トータル460㎏)を持ち上げました。

あ、でも、違います、1番伸びたのは高校時代、腰をケガしたときです。最初、私、デットリフト得意じゃなかったんですよ。姿勢の保持とかも下手くそで。動画も残っているんですけど、腕で挙げている感じで、案の定、腰を痛めてしまいました。自分には才能がないんだとか、やめようかなとか思ったタイミングでした。でもケガしたことによって、「どうしたら腰に負担がないフォームになるんだろう?」っていうのを突き詰めたら、デッドリフトが伸びていきました。そのときに一番成長できたんじゃないかなって思っています。高校2年生のときです。

デッドリフトが伸びたのは、高校の環境もあります。デッドリフトというのは、唯一補助がつかなくても安全にできる競技だと思っています。高校時代は、部員同士で安全にできる環境じゃなかったので、デッドリフトを結構やっていました。

あと設備的なことで、歴代の先輩がボロボロの床でデッドリフトをやっていたので、床が抜けそうだったんですよ。その抜けそうな床でバン!と下ろして、バキッ!ていくとすごく嫌だなっていうのがあって、ゆっくり下ろしていました。本当にサイレントデッドリフトですよね。それが後々すごく効いてきたんじゃないかなって思います。結構、農芸高校出身の子はデットリフトが強い傾向があるんです。やっぱりそういうことなんじゃないかなって思います。


競技の話をする時、トップアスリート特有のオーラが漂う。だが、まだ21歳、普段の表情は柔和そのもの、あどけなささえ残る。取材当日、練習場に、カメムシが舞い込んできた。しばし練習中断。男子部員が排除し、再びバーベルを握るまでの時間、カメムシから逃げ惑う姿は、普通の女子大生そのもの。以下、その私生活の一端を。

虫、好きではないです。農業をしているので捕まえられるんですけど、苦手かもしれないです……。

一般の学生とは、やっぱり違うかもしれません。部活をやっているから、予定が立てづらいですね。パワーリフティング中心の生活になっています。夜は早く寝たいですし、自分のルーティーンが崩れるのが好きじゃないので、夜遅くに帰るとかはないですね。カフェ巡りとか好きです。甘いものめっちゃ好きなので甘いものの話をしだすと止まらなくなったりします。生クリーム乗ったやつ、そうですね、乳製品です。最近は減量しているので和菓子にしているんですけど、洋菓子の方が好きですね。

練習は週6です。オフになる土曜日は、朝から牛舎に行きます。その辺のルーティーンは変わらないですが、夕方はパン屋さんでバイトしています。パン屋さんでバイトしているので、めっちゃパンが食べたくなるんですよ。今まで、そんなに興味がなかったんですけど、パン屋さんでバイトしてからめちゃくちゃパンが食べたくなって。でも、米の方が自分としては合っているので、極力食事のメインを米に置きつつ、たまにご褒美でパンを食べるという感じです。

世界大会に行って、眠れなかったことはないですが、海外の脂っ気の多い朝食とか食べると、胃がもたれたりとか、気持ち悪くなっちゃったりということは、どうしても多くなりますね。なので、日本食を持って行ったりすることが多いです。

普段は、極力12時までに寝るように気をつけています。あとは、毎日コーヒーを飲んでいますね。父親にも朝からコーヒー入れてみたいな。ドリップ式ですね。豆にまでこだわりはないんですけど、モカが一番飲みやすいかなって感じです。

あと、もう1つルーティーンがあって、乳製品を毎日摂っています。実家が酪農家なので、自家製の牛乳を飲んでいるんですけど、減量中で脂質が気になる時だと、無脂肪のヨーグルトとかを食べています。やっぱり、家で乳製品を多く摂れるというのは、競技をする上でも、大きいかもしれないですね。


まだ成長の途上にある逸材だ。日本のパワーリフティング関係者の期待が寄せられる。卒業と就職、加えてパンデミック禍。これからの競技生活の展望、目標を、どのように考えているのだろうか。

パワーリフティング中心の生活をしてきましたが、自粛っていう選択肢しかないじゃないですか。めちゃくちゃきつかったですね。なんか、本当に1日パワーリフティングと無縁の生活をするっていう状況が、最初は耐えられなくて。でも、その時間が逆に自分を見つめ直す時間になりました。自分に足りないものは何かなとか、これから練習が始まってどうしていくべきかなっていうことを、すごく考えさせられる時間になりました。実際、去年の12月の大会でも好成績を収めることができたので、その時間は全くの無駄っていうのではなかったんじゃないかなって受け止めています。

卒業後も、できれば続けていく方向で考えているんですけど、やっぱり環境の変化というのがあるので、続けられるとは限らないですよね。パワーリフティングを続けることを目的に東京で就職とか、そういうことは考えていないです。内定をいただいているのは、全然パワーリフティングとは関係ない企業です。基本的には、仕事メインで、パワーリフティングは趣味程度でやる予定なので、どうなるかは分からないです。続けられるなら続けたいって気持ちはめちゃくちゃあります。

パワーやっていなかったら何に打ち込んでいたか……。考えられないですね。卒業後、パワー以外だと、農業が好きなので、酪農とか農業とか、そういう道もいいなと思っています。ただ、パワーリフティングを完全に切って生活するっていうのは、今の自分には考えられないです。トレーニング自体はやっぱりパワーリフティングに限らず健康維持のために続けて行けたら良いなと思っています。

学生時代でパワーリフティング終わってもいいくらい、今を頑張ろうと思っています。ただ、今年の世界大会がなくなってしまうと、恐らく不完全燃焼の状態で社会に出てしまうと思うので、そこが難しいところかなって思っています。自分が出せる、最大の記録を、最大の努力で出していきたいです。数値で言うと、新設された69㎏級で、デッドリフト230㎏、トータル500㎏くらい、いけたらいいなと思っています。その高い目標で、これからも競技を続けていきたいなと。

これまで63、72、84の3階級で出場しました。高校生のときはずっと63㎏級にいたんですけど、大学生になって、体重を落とすたびに挙上重量が落ちて、もったいないなと思うようになりました。強さを求めて、一階級ずつ上げようと思い、72㎏級で記録を伸ばしました。84㎏級に上げたのは、世界大会で勝つためです。72㎏級は層が厚いので、84㎏級に上げたらもっと順位が上がるんじゃないかと思ったからです。新たに69㎏級ができたので、そこで世界一と世界記録を狙おうかなと思っています。

トータル500㎏は、ずっとブレない目標です。外国人リフターを見ていると、筋量がすごいです。自分には、圧倒的に筋量が足りないなって思っています。食事のこととか、正直あんまり気にしてこなかったので、この一年で色々勉強していくことによって、食事から睡眠から、全部パワーリフティングのために費やして、そこで筋量も増えて、結果が出せたらいいなと思っています。

続けてお読みください。
▶2日間連続、2階級で日本記録!女子大生パワーリフター・野村優が偉業を達成


野村優(のむら・ゆう)
2000年2月9日 京都府南丹市生まれ
京丹波町立丹波ひかり小学校→京丹波町立蒲生野中学校→京都府立農芸高等学校→京都先端科学大学(旧京都学園大学)経済経営学部経営学科4年
家族:両親 / 妹、身長:161cm
記録(2021年5月まで)
・サブジュニア63kg級DL170kg/トータル377.5kg (ともに2018年当時のサブジュニア世界記録)
・一般女子クラシック(ノーギア)公式日本記録 72kg級DL200kg、84kg級DL192.5kg/トータル412.5kg
・非公式記録
クラシック(ノーギア)72kg級DL215kg/トータル460kg(2020年12月、第1回京都府高校生・大学生パワーリフティング交流記録会)
好きな映画:『銀の匙Silver Spoon』
好きな音楽:J-POP
好きな食べ物:牛乳、母の手料理、甘いもの
苦手な食べ物:きのこが嫌いでしたが最近克服しました
苦手なモノ:風船 / 座右の銘:心優しき力持ち
これは譲れない!:牛が好きです!


執筆者:木村卓二
TVディレクター、記者として活動。複数言語に通じ、「究極のトレーニング」を求め、研究と取材に勤しむ。有資格パーソナルトレーナーとして、格闘家などへの指導も行う。

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